2004年10月 3日

街に「しるし」をつける蛍光ペンみたいに。

松川さんらによる「時空間ポエマー」がグッドデザイン賞受賞とのことで、おめでとうございます。すげえ。
http://www.g-mark.org/search/Detail?id=30656&lang=ja

(しっかし、コメント寄せている「某建築家」がまるで内容を理解していないな。匿名のくせに職業的特権意識をちらつかせてるところも気に入らないし。書かなけりゃいいのに。)

こちらに、本江さんによるプロジェクトについての詳しい説明が。
http://www.myu.ac.jp/~motoe/text/zone_poemmer.html

画像と位置情報を記録できる小さいツールをみんなが持ち歩くようになった、ということと、その行為がいわば場所に「付箋」を貼り付けてゆくことだ、ということに注目したのである。冴えてる。僕が咄嗟に思い出したのは、図書館の貸し出し管理が最近のように電子化される以前の、貸し出しの履歴が手書きで記録されていたカードだ。長く人気のある本を借りたりすると、カードには様々な字でいろんな知らない人の名前が連なっていて、それを眺めるのが好きだった。自分の名がそこに加わるのも楽しかったし。

これ以外に、元永さんらによるこんな試みもある。
http://ld.monken.net

また、CET-04では、同様な手段で集まった投稿を、現実の特定の位置へ投げ返し、街の中に「見えないレイヤー」として被せる、という試みも行われた。
http://www.mylandmark.jp/

それぞれ、切り口も表現も少しずつ違うが、テイストというか、「想い」に共通するものが感じられる。

ひとつは、地図の精度や情報量をどれほど緻密にしてもすくい上げることが出来ないもの、「街をゆく人々の個人的な体験」こそが、街を生き生きとさせているのではないか、という「アーバン・ロマンチシズム」とでも呼べるような態度。これは、自分がその一人になるという喜びにも関わっている。

それから、「末端から情報を直接集める」というアプローチ。「地球の歩き方」がそれまでの観光ガイドと違う面白さを持っていたのは、(編集されていたとはいえ)紙面の多くが個人の体験談で構成されていたからじゃないだろうか。これは、Yahoo!とGoogleの差(最近はYahoo!にも検索エンジンがくっついたから違いが薄れたし、Googleもサイトの順位付けに意図が入り込んでいるらしいことが問題になったりしたが )みたいなもので、街のエンドユーザー同士で「出来合いのオフィシャルな情報」をすり抜けよう、というような意志がある。

もうひとつは、「トポフィリア」である。個人の体験情報の集積だけなら「地域情報交換BBS」のようなところで盛んに行われているけれど、これらのプロジェクトはそれをあらためて「地図のレイアウト」に配置してみせることで、個人の体験を場所の固有性に結びつけようとしている。つまり、「言わんとすること」は実は「場所そのもの」である。これは、翻って、いつも手にする「街の地図」が、実はほとんど「公的な制度がプロットされたもの」であるということをも気付かせる。

もちろん、まだまだツールの制約もあるし、こういうのを嬉しがって参加する人は(まだ)ある傾向を持った人だろうけれど、ケータイメールをブラインドタッチで送り合いしている連中がもっと齢を食って、世代や生活が多様化したら、きっとすごく面白いものが見れるんじゃないかと思う。ただまあ、そのころにはツールもすいぶん進化(というか変化)して、それはそれで見たこともないようなことになっているかもしれないが。

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コメント

時空間ポエマーの本江です。こんにちは。
アーバン・ロマンチシズム,末端から情報を直接集める,トポフィリア……たくさんの喚起力のある言葉を読ませていただき,あらためて,そういうことだったのだなあと思っています。ありがとうございます。
もうすぐ仙台でポエマーとULSEを合体させたシステムを動かします。ご批評たまわれば幸いです。

おー。本江さんこんにちは。これですね。
http://www.oc-sendai.ne.jp/vot/omp.html
これは面白そうだなあ。仙台の知人に参加させよう。
これが「街の魅力再発見ツール」として有効だ、という話になって、全国でうじゃうじゃやりはじめたら面白いですね。

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