2005年11月14日

待従川を何とかしようと思うなら。

新建築11月号の、吉村靖孝さんの「月評」が面白かったので、思わずそこだけコピーし、さらに文中で触れられている前の号の内藤廣さんの文章と、4年前に掲載された青木淳さんの文章も探し出して、ホッチキスで束ねて持って帰った。吉村さんの評文はとても真面目で丁寧で、僕は好きである(でも、建築の雑誌の紙面批評をことさらにチェックしているというのはなんか兆候的ではある)。

「それでも、あえて建築するとは」という問いと真摯に向き合う建築家によって(内藤さんは青臭いとおっしゃっているが、まあこちらとしては、内藤さんのような建築家からこそそういう話を聞きたいわけであって、「青い」やつの「青臭い」議論ほど痛いものはないのだ)「真面目な」建物が計画・建設されている、というのは頼もしい。地元からのレポートも待たれる。

もちろん、建築だけが唯一の解答であるわけではないだろう。「野原」はあくまでもFLに立ったときの「野原」の喩え話であって、GLの野原ではない。それを建築それ自体に探すのはまあ、無理な注文ではある。けどな。


土曜日。関東学院大学の演習へ。

この演習は、外を歩き回ったりするし、当初は手に負えないくらいの人数の履修者が予想されていたために、中津さんが非常勤講師を増やして5人体制にした。のだが、始まってみると学生の数は以外に少なく、最初の数回でバラバラと脱落者も出たため、講師の数に比して学生の割合が低い、実に濃密なクラスになりつつある。

今回は、キャンパスの前を流れる川を対象地に何かを計画する、という課題で、3時間で現地調査から計画案の発表まで速攻するという、「クイック・プレゼンテーション」演習。5、6人ずつのチームに分かれ、それぞれに講師がついた。

これは、こう言っては学生さんらに申し訳ないが、各チームに講師の個性が反映されて、実に面白かった。講師は5人とも、設計の現場で実務をこなしている、社会の「中堅」とでも言うべき立場の人間であって、専門家としての守備範囲は異なるし、何かを計画するためのアプローチにそれぞれ、固有のスタイル(芸風)があるため、「3時間」なんて余裕のない作業を課されると、案の内容もさることながら、そういう「方法の違い」が(たとえ手を動かさずに指導に徹したとしても)(僕はまたぞろ、ずいぶん手を動かしちゃったけど)顕著に出る。振り返って、自分自身の傾向というか限界というか、スタンスを見直す機会にもなったし。

みんな、何か学んでくれたのだったらいいんだが。
って僕が言う事じゃないが。


左上から、望ましい護岸をすべて断面に描いて、一度にそれを実現する複合テラスを考えた案。楕円群を浮かべて利用行為を誘発する案。川を埋めちゃって住宅地とキャンパスをひとつにする案。川の「八景」を選定し、それぞれの場所にミニマムな改造を施す案。(見る人が見れば誰がどれやったか一目瞭然)

 

 

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://fieldsmith.net/mt/mt-tb.cgi/474

コメント

おっ、SWAが・・・(笑)
川を埋める『別案』、再度19日にお見せすることに・・・
我慢してねえー

川を埋める?それは楽しみです。

もちろん我慢します。講評会でトレース紙重ねて手を動かしたりしません(←そうじゃない)。

昔、学生時代、ピーター・ウォーカーという先生は、
学生のクリティックで、本当によく手を動かしてくれました。
細いシャーペンを使っていたら、取り上げられて、
「こんなの使ってたらダメだ!」とぶん投げられて、ビビりました(笑)
反射神経で形が生まれる神業に、毎日が驚きでした。

ピートと呼んで下さい。

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)