・地下絵の予感。
モバイルで Google マップ
まずはDoCoMoだけらしい。
一方、英語版では、基地局からの距離で位置を推測する、GPSフリーの「現在地表示」が始まった。
Google Maps with My Location (beta)
うーむ。我彼の差を感じるが。いずれ埋まるんだろうが。
でもこれがあれば、地下でもケータイの電波さえ入れば位置の取得が可能なわけで、これはいよいよ、「地下絵」の可能性が出てきたぞ。
こちらは、石川初(いしかわはじめ)のweblogです。
2007年11月30日
モバイルで Google マップ
まずはDoCoMoだけらしい。
一方、英語版では、基地局からの距離で位置を推測する、GPSフリーの「現在地表示」が始まった。
Google Maps with My Location (beta)
うーむ。我彼の差を感じるが。いずれ埋まるんだろうが。
でもこれがあれば、地下でもケータイの電波さえ入れば位置の取得が可能なわけで、これはいよいよ、「地下絵」の可能性が出てきたぞ。
(あるいは、決まり文句の罠。)
1時間以上遅れて大学に駆けつけ、デザインスタジオのフィールドワークの中間発表を聞いて、全グループがほぼ例外なく既成概念の壁にブチ当たっていることに唖然としつつ、その強さを思い知る。
以前、田島さんらの「東京キャナル」をお手伝いした際、参加学生のフィールドワークのフォーマットとして、最初に「プライマリー・ファンクション」に注目すること、という項目を入れた。というのは、フィールドワークの対象の性格上、みんな都市河川や運河や堤防や護岸を見てくるわけで、ほとんどの学生がその「意匠性の無さ」や「アメニティの欠如」のような感想を持ち帰ってくるだろう、ということを予想したからだ。流路をコンクリートで固められた、いわゆる3面張り護岸の神田川を見て、それを「地域から川が暴力的に疎外されている」とノートに記した時点で、そのあとの提案の射程距離は決まってしまう。たとえ最終的な提案が「都市に水辺を取り戻す」というようなものであっても、まずは現在の都市河川の状態が「悪い」とかいう思い込みをいったん払拭して、そこには何がどのようにあるのか、ということを観察しなければ、現在の河川がそんな様子でそこにあるという事態が潜在的に持っているかもしれない可能性(それ自体を愛でるという態度も含めて)に気がつくことはできない。およそあらゆる建設行為はリノベーションである、と言い得る。ことに、「都市」においてはそうである。(もっとも、東京キャナルワークショップのときは、そのあと、街で採集した「要素」について、「拡大する」「統合する」「反転する」というような、テレデザイン一流の、AAスクールの演習みたいな、斜め上に行く「操作」が要求されて、学生グループは混乱に巻き込まれた。というか見ている僕が混乱した。)
駐車場を「駐車場」と記述したところでフィールドワーカーとしては負けである。駐車場を「駐車場」にしているのは、私たちがいつのまにか合意している「ルール」でしかない。このルールに合意していない存在、たとえばコドモの駐車場での振る舞いを想像してみればわかるだろう。コドモらはルールを無視して駐車場を使い倒す。路面にチョークで落書きをしたり、ボール遊びをしたりする彼らが見ているのは、「人の気配が希薄であまり車の来ない固くて平坦なひろがり」という物体が誘発する「いくつかの有用性」である。私たちが白地図に「駐車場」と記入したとたん、その潜在性は封じられてしまうし、その後のフィールドワークは、目に映るものをぜんぶ「駐車場、その隣は車道、こっちは歩道、ガードレール、オフィスビル、公園、・・・・」と、「売っている地図に書いてある名前」を街の要素に当てはめる作業と化してしまう。物心ついてから10数年しか経っていない(←履修学生の話ね。ここで突っ込まないように)のに、いつのまにか、私たちは街を「ルール」でしか眺めなくなってしまったのである。
少なくともそれを自覚することから始めよう。コンビニが目に入ったとき、それを咄嗟に「コンビニ」だと思うのはなぜか?そのとき、自分は何を見聞きしているのか?歩道と車道をほとんど無意識に「分けて」見ているのはなぜか?私たちは何を見て、何に気付くことで、「勝手に歩いていい地面」と「勝手に踏み込んではいけない地面」を分けているのか?
それこそ「コドモの目で」見てみるとか、「外国人観光客のように」「宇宙人が見るように(@坂口トモユキ)」「ホームレスになったつもりで」というような、「私ではない誰か」のふりをして見てみるということもひとつの方法ではあるだろうし、いつもとは違う変なやりかたで写真を撮りまくってあとで見直す、というのも方法の一つかもしれないし、目を閉じるとか耳を塞ぐとかして歩いてみる(個人的には街のサウンドスケープみたいな採集はあまり感心しないが、まあいいや)という、普段とは違う「感覚のモード」になってみるのも手かも知れない。
街の「本質」を説明しようとか、何か社会的に「良いこと」を提案しようとかいう姑息な願望はあきらめろ。まずは自分をスキャナーだと思え。そのうえで、街を移動する自分の反応を観察してみろ。わかったか。総員出撃。神のご加護あれ。
あとそうだ、ちなみに、昨夜、キッズのひとりが講評のあとで泣いていたが、僕が泣かしたんじゃないぞ。ほんとだってば。
2007年11月28日

この時期、赤い服に帽子のキャラクターが街のそこかしこに出現する。大山総裁によると、「浮かれ電飾」に飾られるキャラクター群のなかで、クマのプーさんとミッキーマウス周辺キャラの出現率はサンタクロース上回っているそうなのだが、そうした装飾や店舗のディスプレイや広告の画像で使われる「プーさん」は、まず例外なくディズニー版のそれである。幼少の頃から「クマのプーさん」が好きで、原作のあのアーネスト・シェパードの挿し絵のプーと仲間たちをこよなく愛している僕としては、ディズニー版の、戯画化というか、妙にアニメ風に、形態と色彩が単純化されて表情が豊かな間抜け面の「プーさん」の氾濫が残念でならない。


いや、この件に関して言いたいことはそれだけだ。
2007年11月27日
か、川合健二すげえ。
取り急ぎ。
追記予定。
2007年11月25日
(あるいは、ニュー浪漫さ、千葉シティ)
「工場鑑賞モニターツアー」参加者の募集について
に参加させて頂いた。
今回、鑑賞テストツアーの団体を受け入れて下さったのは、出光興産千葉製油所と、JFEスチール東日本製鉄所。行ってみてわかったが、同じ「工場」でも、その表情というか、雰囲気がぜんぜん異なるタイプの「工場景観」なのだった。
製鉄所は、その規模といい、石炭や鉄鉱石という「地球っぽい」素材が直に目に見えることといい、重工業として年季が入っていてその様態自体が歴史を感じさせるところといい、鑑賞の対象として「観光」されてもそれほど驚かないような気がする。実際に、傍から見上げる溶鉱炉とか、熱く輝く鉄が走るホットストリップ・ミルとか、鉄鉱石をブレンドする交錯したコンベアの嵐とか、その重厚長大でゴツい、鉄分100%な光景はいかにも古典的な「工場!」というヴァイブが山盛りであった。
一方で製油所は、その規模が途方もないところや、入り組んだ配管や装置の複雑極まりなさが見るものの想像を絶しているところ、風景の金属成分が高いところなどは同様ながら、なんというか「趣き」がまったく異なる。人の気配が希薄で、パイプやタワー群はクールなシルバーで、構内の道路は軸を通したみたいに直線である。八馬先生によると製鉄所の装置群の形状を律しているのは重力で、製油所のそれは「温度」なのだそうだが、たしかに製鉄所は全体がエンジンみたいな感じがするのに対して、製油所は全体が冷蔵庫の裏とか冷却塔みたいな雰囲気がある。この違いは夜景にもあらわれていて、製鉄所はナトリウム灯のオレンジ色の光が、主に工場構内の動線に沿って光っているのに対して、製油所は立体化した装置のそこかしこにびっしりと水銀灯のような白い光が輝いている。
千葉県、それぞれの工場、アドバイザーのご両人など、今回の企画の「中の人」から興味深いお話をいろいろと伺ったし、面白いものを目撃もしたのだが、下手に喋るとご迷惑をおかけするようなので詳しくは自粛。
でも、これだけは書いてしまいたいのだが、「工場の姿を愛でにきました」という集団の扱いに困惑する広報の担当の方の様子が印象的であった。担当者はいわゆる「工場見学」への対応の姿勢で、生産施設の優れた性能や、様々な地域環境への配慮の高さを一生懸命説明して下さる。私たちは馬耳東風で配管や蒸留塔や溶鉱炉にうっとり見とれている。
房総半島はそのほとんどが丘陵地帯で、特に東京湾沿岸は丘が海に迫っていて、市街地は海岸沿いに細長く発達している。海はもともと遠浅の干潟が続いていた。「丘と干潟」が東京湾東、千葉沿岸の特徴である。
京葉工業地帯は、この干潟をガシガシ埋立てて作られている。ちょうど埋立地と丘陵地の間を縫うように国道16号線が走っている。
ただし、16号線は必ずしも「工場地帯を行く」という趣きの道路ではない。国道と工場地帯の間に分厚い緑地が設けられていて、工場の眺めがすっぱり遮蔽されているためだ。むしろ、丘の上の住宅地からのほうが工場がよく見えるだろう(という場所のガイドが「工場萌え」にも掲載されている)。
だから、国道16号線を使ってバスで移動する場合、移動中に生産施設の景観をあまり鑑賞できないので、移動時間の「間を持たせる」のが難しい。
これは、京葉が東京湾岸の工業地帯としては比較的後発で、当初から計画に公害防止が組み込まれていたためだ。緑地はいかにもそれらしい、常緑が密植された、即席イノデタブノキ群集で、ほとんど風景の隅っこに宮脇昭先生のサインが添えられて見えるんじゃないかと思うような構成である。
この時代に造成された工場緑地の例にもれず、樹林は鬱蒼としているが、よく見ると木々は細く詰まっていて、間引きをしたくなるような様子である。
現在の工場は非常に厳しい排出物基準をクリアしているため、かつてのような「公害」の原因にはなっていないようである。排水は一般家庭からの生活排水のほうが汚染されているというし、大気汚染についても、たぶんこの地域で最も大きな汚染源は車が行き交う16号線である。
そう考えると、工場緑地はその役割も含めて、そろそろデザインを見直してもいいんじゃないだろうか。部分的に「鎮守の森」は残してもいいが、もっと落葉樹を混在させた疎林を設けたり、視線が抜ける空地を設けたり、ボードウォークを設けたりして、市街地とゆるく緩衝する、ピクニカビリティのある公園のような施設にするとか。などということを思った。
そうだ、廃工場の「公園化」はすでにもう事例が多くある。これからは、「現役バリバリの工場をあえて鑑賞する施設としてのランドスケープ」が冴えてるぞ。ビオトープ的発想だ。全体をぬるい自然風にするのではなく、自然回復エリアにボードウォークが接している、というような。千葉大園芸学部の都市環あたりで誰か卒論にしろ。「観光資源としての京葉工業地帯におけるランドスケープデザイン:既存工場緑地のリニューアルを事例として」。
以下メモ。
・埋立地はとても人工的に作った土地のように見えるが、「陸側」から接近すると、あくまでもとの海岸の事情が反映されている(川はそのまま運河状に伸びているし、道路は工場へのアプローチに使われる)ということがわかる。以前の水際の形状が大スケールに拡大コピーされている、という感じ。
・工場の装置群は、スケールに関わらず複雑である。インダストリアル・フラクタル。運河越しの化学プラントのシルエットが、東京湾越しの都心のシルエットにそっくり似ている。
・石油プラントの、「デレ」の片鱗もない「ツン」に萌えてみて思ったが、「好ましい様子」を装うのではなく、土木はその、エンジニアリングの正直さをこそ、「市民へのアカウンタビリティ」の表現にしたほうがいいんじゃないだろうか。そのほうが長持ちするし、私たちの「趣味のよさ」をむしろ育てるように思うのだが。
・鉄道に蒸気機関車しかなかったころ、あるいはその後、電化が進み、蒸気機関車が石炭の黒煙や火の粉なんかまき散らかす旧式のシステムと見なされていたころ、「SLが走る」ことが観光的売り物になることなど誰も想像しなかったに違いない。今回、そういうつもりはなかったのに、たまたま参加したら、工場景観の魅力を発見しました、という「意識改革」がされちゃった年配の参加者が何人もおられたのは示唆的である。なにも、人が殺到するだけが「観光化」ではあるまい。ニッチなオプションとしても充分成立するだろう。がんばれ千葉県。「房総みどころマップ」とかに、マザー牧場や菜の花畑と並んで化学プラントの夜景が掲載されてたりしたら、世界的に見てもちょっとかっこいいぞ。千葉県。
ありがとうございました>関係者各位
2007年11月21日
締め切りに遅れに遅れまくった原稿がひとまず終了。
文章を書く能力がどうのこうの言う前に(それはそれで大きな問題ではあるのだが)、そもそも僕は雑誌に連載してまで誰かに何かを訴えるような問題意識を持って生きているわけではないため、何かを「論」じないと格好がつかないようなテキストを、1万字以上も書かねばならないというのはほんとに骨が折れる。4,000字まで書いたあたりで、最初に何を書いていたのか忘れ始める。メモリが少なすぎるんだろうきっと。
まあしかし、この雑誌にはとてもお世話になっているので、この雑誌から頂いた依頼は断れないことに(僕の中で)なっているのである。
ちなみに、雑誌はINAX出版の『10+1』(テン・プラス・ワン)。
『10+1』(テン・プラス・ワン)にはこれまでも、本当にお世話になった。
そもそも、僕がこんなことやあんなことをしてるのは、現在プレイスメディア勤務の、当時ラ系院生のシモダ氏ほかが「ランドスケープデザイン学生ワークショップ」のチューターとして声をかけてくれたのが最初のきっかけであった。その集まりを通じて、その後「Landscape Network 901*」と称して集まる連中と知りあったわけなのだったが、そのメンバーのなかに山内彩子さんがいて、山内さんは大川信行さんとご夫婦で「伝説の同人誌:エディフィカーレ」の中の人だったのであり、そのリンクで五十嵐太郎隊長とお会いし、五十嵐さんの口利きがきっかけになって、901*の持ちネタは最初に10+1の特集記事になり、やがて話が大きくなって、INAX出版から「ランドスケープ批評宣言」という本になって出ることになった。『10+1』(テン・プラス・ワン)に引きずり込まれた、じゃなくて育てられたみたいなものだ。
それだけに、休刊するという話が聞こえてきたときは残念だった。とてもいい媒体で、他にはないメンツと雰囲気があって、実験的なことやばかな思いつきや、せっかくなので活字で残したいものや、そういうのを拾ってくれるメディアだし、僕のようなB級が端っこに引っかかることもあれば、一流の脳の滋養も毎回満載で、定期刊行物にも関わらず「全集」を揃えるみたいに(完全に全部ではないが)毎号買っていた。
検索に引っかかるように再度書いておこう。『10+1』(テン・プラス・ワン)はよい媒体だったのだ。
あさみ新聞: 赤いイタリア文化会館(3)—赤くないイタリア文化会館—
うわはは。
色のバリエーションなんて、こうしてみるといくらでもありそうだが、逆にこんなふうにいじってみると逆に、オリジナルの意匠が趣味良くできてるなあと思ってしまうな。
この物件の「景観問題」は、糾弾している人たちが、色それ自体よりも「気を遣うべき場所で派手っぽいものを建設した」という「態度」に苛立っているようなところがあるので、純粋に「色調の趣味」や「周囲との調和」について議論ができるかどうかは難しいけどな。
ところで、こんな提案もあった。
明日の景観 6 新イタリア文化会館の赤い壁2
いやさすがにその高さまで登らせるのは無理なんじゃないかと。
でも、これナツヅタだったら、秋冬には真っ赤に紅葉して、もとのデザインよりも派手なことになりそうで、それはそれで見てみたい。
2007年11月20日
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坂口 トモユキ 
ウェブサイト:tsaka.jpもよく知られている坂口トモユキ氏による写真集。
ちょうど、大山総裁や住団小林氏らとの「悪い景観」話をめぐって、ああだこうだ考えていたところだったので、もうど真ん中に来た。ノックアウト。
多摩がまた。(←逆さに読んでもたまがまた)
坂口さんが撮影される北多摩周辺は、都心でもなく、かといってロードサイド的ファスト風土郊外でもない、新興住宅地と古い住宅地と農地と斜面林とがモザイク状に入り交じったじつに微妙な「そのへんの住宅街」なのである。次のページには自宅が写ってるんじゃないかと、不要にスリルを感じたり。
郷愁を排した既視感というか。見たこともない、見慣れた風景というか。自分がおしっこしている後ろ姿を撮影されているみたいな、そんなところを撮るのかよ、というような、何とも言えない気恥ずかしさと可笑しみ。あーやばいぞこれは。
このインタビューも興味深い。
異星人が撮った住宅街−−坂口トモユキ
ただ、今回の連載用文章のネタにするにはタイミングが遅く、僕の知力もガッツも不足しているため、次回へ見送り。次のテーマは「郊外」にしよう。
坂口さんのブログ:tsaka's blog - Vox
撮影ルートをGPSで記録しているところがまた、心をくすぐるぜ。
もしかしてまだ知らない人がいるかもしれないので。
「住宅都市整理公団」総裁の大山氏による、新しい「公団」、「日本ジャンクション公団」。
なんという、心を奪われる「悪い景観」群。
ジャンクだなあ。
電話で、レーニン先生に「宣伝してね」と念を押されたので。
日時:2007年12月5日18:00〜21:00、17時30分開場、18:00開演
定員:当日先着400人(受講学生200人)、入場無料
場所:早稲田大学理工学部57号館201教室(大階段教室)
主催:早稲田大学 創造理工学部 建築学科 後藤春彦研究室、中谷礼仁研究室
連絡先:03-5286-2496(中谷研究室:儀部)
現代の伊能忠敬たち。どうよ。(←何がだよ)
400人収容の後悔先に立たず、じゃなかった公開講座。うーおそろしい。
ネタはいつものやつ(間に合えば何か仕入れる可能性もあるが、まあ無理だろう)なので、「もう3回見た」というヒトもいるかもしれないが、勘弁してくれ。
なにせ、本業はサラリーマンなので、そんなにぽんぽん新作を仕組めないのだ。
20代の頃と違って、2年や3年で基本的な考えが変わるわけでもないしね。
さて、ちょっと棚卸し。在庫確認しなきゃ。
2007年11月16日
「工場萌え」が今年の流行語大賞の候補に選ばれている。
新語・流行語大賞
これ、Yahoo!辞書の「新語」にも登録されているのだ。
Yahoo!辞書 - 工場萌え
一方、我らが「悪い景観」は去年の「ブログ検索キーワード」で年間19位であった。
2006年のブログ検索キーワード1位は「W-ZERO3」--TRJ調べ:ニュース - CNET Japan
「工場萌え」の勝ちだろうな。
いやべつにどちらも「勝負」しているわけではないが、「悪い景観」は悪い冗談として忘れられ、2007年はテクノスケープ、インダストリアルスケープがブレイクしてポピュラーになった年として記憶/記録されるであろう。断言。
まてよ、「三丁目の夕日」があったな。強敵だぞこっちは。
日曜日、朝からインドネシアのジャカルタへ出張。機上で書き物をするつもりが、高度10000mで頭痛に襲われ、タイレノル2錠飲んだらノックアウトされて爆睡。
木曜日。朝7時過ぎに成田へ着き、都心の職場に立ち寄って荷物を置いて、そのまんま急いで大学へ。
デザインスタジオ2の、街フィールドワーク第1課題の最終発表会。
来週は最終課題へ向けた都心のフィールドワーク。残念ながら僕は行けない。しっかりやれよ。キッズ。
2007年11月10日
先週の土曜日のことだったが、誕生日であった。くしくも、僕の誕生日ということはつまり、大山総裁の誕生日でもあり、あさみ編集長の誕生日でもあったのだった。おめでとうございました。>千葉・神戸方面。
誕生日に、知人(もと僕の社内チームのスタッフ)の結婚披露宴に呼ばれ、スピーチを要請され、そんな晴れがましくも堅苦しい席で「もと上司」なんていう社会的にオトナな立場でお祝いを述べるなんていう局面に怖気立ち、花嫁にお願いして、「新婦のもと勤め先の様子や、関わったプロジェクトをPowerPointで上映しながら紹介する」という「プレゼン」をさせてもらうことにした。ビジュアルがあれば大勢の前でもなんとか喋ることができるので。いやあ、大汗をかいた。ほんと。しかし僕の「スピーチ」は差し置いても、なんというか、出席者をして幸せな気持ちにさせるような、いい披露宴であった。
そうだ、本来、結婚「式」は、本人たちのためのものではなかったのだった。
木曜日。関東学院大のデザスタ2、中間発表会。
不良講師先生は途中で褒めるなとおっしゃったが、いやしかし、なかなか良くやっている。袋小路気味のグループもあったし、アイデアが冴えない割にプレゼンがシャープなグループもあったし、面白い発見をしたのにプレゼンがショボいグループもあったが、総じて、こちらの予想を上回る出来栄えになりつつあった。みんなそれなりに、街を歩き回って観察することに「没入」した気配が感じられた。途中でドロップアウトも可能な選択授業なのに、人数が減らないところも頼もしい。
少しでも「手応え」が感じられるとこっちもモチベーションが上がるので、ついいろんなことを言ってしまう。すべてのグループのクリティークが終わったら、外はとっくに暗かった。クラス終了後も、居残ったグループにフォローをしたりしているうちに、気がついたら午後8時。心身ともに消耗しきってよろめき帰宅。京急の中で居眠りし、スポンジや行き止まり道路や街のギャップの夢を見た。
2時間かけて(遠い)、自宅へたどり着いたら、いつもそんな時間には眠っているはずの長男がなぜか起きていて、パジャマのまま2階から降りてきて出迎えてくれた。あろうことか、息子が待っていた目的もデザインレビューであった。とほほ。頭痛をおさえつつ、床に散乱した紙粘土の「作品」の解説を聞く。「これがおスシで、これはおダンゴで、これはロールパンで・・・」
2007年11月 1日
国分寺崖線ではドングリが旬である。
夜、帰宅のおりに崖線の雑木林を抜けるたびに、パラ、パラ、とシラカシやスダジイやクヌギの実が落ちる音がする。
温泉「ゆかり」の手前から深大寺へ抜ける坂道なんか、街灯に光るドングリがびっしり落ちていて、うっかりすると踏みつけたドングリで自転車の前輪が滑ってハンドルを取られそうになるくらい、「ドングリ坂」なことになっている。
つい、ふと自転車をとめて、様子の良いやつを片手で握れるくらい拾ってしまう。
で、いくつかを子供らへの「お土産」に残し、残りをせっせと裏庭の先の空き地に蒔いている。毎晩のように。
浅い穴を掘って拾い集めてきたドングリを埋めたりしていると、なんかリスになった気分。
というか、勝手に公園の手前に雑木林を育成したいという欲望を抱えている僕の前にこれ見よがしにドングリを落としまくる、なんという巧妙な遺伝戦略なんだ。崖線のクヌギ-コナラ群集二次林。
そうだ、寒くなる前にスイセンの球根を植えないとなあ。
ProcreoFlashDesign Laboratory 回る人影 -錯視-
僕は最初、反時計回りに見えて、どこをどう見たら時計回りに見えるんだろうと思っていたら、急に時計回りに見えはじめ、その後変更が利かなくなった。
職場の若い連中のほとんどは「反時計回り」で、ひとり「どうしても時計回りにしか見えない」という女性は左利きだった(関係があるのかどうかわからんが)。若手の一人、Oクボくんは、眺めているうちに「意識的に切り替える」ことができるようになった、と言った。それができないのが悔しいので、しばらく見つめていたら、なんか酔ってしまった。ああ気持ちが悪い。
そういえば高校生のとき、左で2拍子の指揮、右で3拍子の指揮の形に手を振って、6拍目で合う、なんてのができる同級生の女の子がいて、それがまたできない自分が悔しくて、夜、横になってから密かに練習を重ね、数週間後に「左で3拍子、右で4拍子、12拍目で合う」という無駄に高度な技域に達したときのことを思い出した。あれも、集中してやってると気分が悪くなるたぐいの手遊びだ。おえ。